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Earthquake

2009年インドネシア・スマトラ島沖地震の被害調査報告 update 2009年12月5日

1.地震の概要

 2009年9月30日の現地時間17時16分(日本時間19時16分),インドネシアのスマトラ島沖を震源とするMw=7.6の地震が発生した1)(Figure 1).10月15日現在,インドネシアで死者行方不明者あわせて1117名,heavily damaged housesが約500棟と報告され2),スマトラ島西部の都市Padang(パダン)を中心として大きな被害が発生した.被害の詳細については,国連人道問題調整事務所・ReliefWeb2)や土木学会・日本地震工学会・NPO国境なき技師団による復旧協力チーム報告会報告3)などに詳しく紹介されている.

 震源は81kmと深く,プレート境界型であった2004年スマトラ沖地震とは発生機構が異なり,沈み込むオーストラリアプレート内で発生したスラブ内地震とされいる4).震央位置はPadangの西北西およそ60kmであり,北西-南東方向に圧縮軸を持つ逆断層型地震である5).震源時間関数の立ち上がり時間がマグニチュードの割に小さく6),深さに対しては妥当であること7)が報告されており,経験的に短周期成分が卓越するスラブ内地震の特徴を持つ地震であったと推測される.

 清野純史(京都大学都市社会工学専攻),小野祐輔(京都大学都市社会工学専攻),Rusnardi Rahmat Putra(京都大学都市社会工学専攻博士課程),久保正彰(京都大学都市社会工学専攻修士課程),後藤浩之(京都大学防災研究所),Sherliza Zaini Sooria(京都大学都市社会工学専攻博士課程)はPadang市内を中心とした被害調査を11月28日〜12月2日の日程で実施した(Figure 2)ので,その調査内容について簡単に報告する.なお,報告内容について加筆・訂正を行う可能性があることを強調しておく.

 

Figure 1:震央位置1),震源メカニズム5),およびパダンの位置関係.灰色点は本震後1週間の余震の震央位置(深さ50km以下)

Figure 2:今回の被害調査ルート(赤線)


2.Padang(パダン)市内の被害

 Padangはスマトラ島の中央西部に位置し,西側がインド洋に面した都市である.市街地の海岸は砂浜であり,東から西へ海に向かって流れこむ2本の河川に挟まれた地域である.南側の河川の左岸(南側)には標高100-200mの山が迫り急勾配の斜面が見られるが,市街地中心部は平坦である.海岸線に沿って周囲より1-2m程度レベルの高い道路が走っており,後述するような盛土でできたことを示唆するような崩壊も道路の一部区間に見られるが,被害を受けていない箇所も多いためここは砂丘であると考えられる.このため,地盤の柔らかい砂丘背後の後背湿地の存在も予想された.

 Padang市内に見られた被害建物には様々なものがあるが,特徴的かつよく見られたパターンは主に次の2つに分類することができ,1)中層3〜4階建てのRC造建物の被害,2)レンガ造あるいはレンガ部の崩壊による建物の被害である.前者の被害件数が必ずしも多いというわけではないが,構造的に大きい中層建物の被害であるために強調されて映る.ただしいずれの被害も崩壊に至る建物は全棟数のうち少数で,耐震性能が十分でないように見受けられる建物でも健全なものが多い.今回の調査で被害建物全てを網羅することはできなかったため,詳細な被害件数などは別資料2),3)を参考にされたい. Photo 1-3に被害写真を,Figure 3に対象の位置を示す.

 Photo 1の#01-04はJalan Jenderal Sudirman通りに沿って建つ,いずれも一層目が崩壊した中層の建物であり,General work office(#01),Tax office(#02),Building and Planning office(#03),およびEducation Department(#04)である.これらはいずれも役所であり,理由は分からないが周囲にある民間の中層建物と比べて被害が顕著である.いずれも柱-梁結合部や柱-基礎結合部においてコンクリートの破壊,および鉄筋の座屈がみられ,結合部が塑性ヒンジ化して不安定構造となり崩壊したと推察される.結合部を観察すると帯筋量が十分な数配置されていないこと,十分に力を発揮するような巻き方がされていないことが見て取れる.#05は地震後に報道されることの多かったAmbacang Hotelである.作業中であるため詳細な構造を伺うことはできなかったため具体的なことを述べることはできないが,中層建物の割に柱が細い印象であった.

 Photo 2は市内中心地に位置するAmbacang Hotel横のBumiminang Hotel(#06),およそ100人の生徒が犠牲となった英語学校の跡地(#07),中国人街の被害建物(#08,#09,#10),中国人街の学校崩壊跡地(#11)である.いずれも,レンガ造で被害を受けた低層の建物,およびレンガ造の壁が壊れた建物である.このような被害は市街地の南に位置する中国人街に集中している.

- 動画.3gp -

崩壊跡がすでに更地となっているために元の構造を伺うことは難しいが,がれきが主としてレンガであることや,また例えば#11の学校跡地の見られたようなレンガ積みの柱が構造部材であることから,弾性限界から終局限界までの余裕度が小さいという意味で,構造的に脆弱であることが推察された.

 その他,Padang市内の被害の特徴として土構造物の被害が少ないことを挙げることができる.海岸道路の盛土天盤で引張りクラックが生じていた(#12)が,市街地での被害はこのほか河川を跨ぐ道路橋のアプローチの盛土が沈下して路盤に段差が生じるなど見受けられた程度であった.

Figure 3:Padang市内の被害調査対象の位置

   #01   #01   #02   #02   #03
   #03   #04   #04   #05   #05

Photo 1:General work office(#01),Tax office(#02),Building and Planning office(#03),
Education Department(#04),Ambacang Hotel(#05)

   #06   #07   #08   #09 
   #10   #11   #11

Photo 2:Bumiminang Hotel(#06),English school崩壊跡地(#07),
中国人街の家屋(#08,#09,#10),中国人街の学校跡地(#11)

   #12   #12   #12   #12

Photo 3:海岸沿い道路の盛土被害(#12)


3.Padang Sago の被害

 Padang市内から北北西およそ50kmに位置するPadang Sagoは,Padangより震源に近くPariaman(パリアマン)から内陸に入った標高100-300mの地域である.この地域では構造の弱いレンガ積みの建物の被害,および土砂災害が見られた.Figure 4に調査地点の位置,Photo 4-5に被害写真を示す.

 Padang Sagoで調査した建物は主としてレンガ積みの平屋であり,RC柱を構造にもたないものが多い.被害を受けた建物は地震後およそ2ヶ月を経過した調査時点においても,壁が崩れた状態のままで内部を伺える家屋(#13)が複数見られた.実際に崩れたレンガ積みの壁を調べると,比較的重たい(密度の高い)レンガをモルタルで接着させて作成されており,手にとってみても施工が悪いといった印象は受けなかった.しかし,レンガでは構造部材の塑性領域が小さいために,強度を超えた外力の作用によって脆性的に崩壊したのではないかと考えられる.また一部コンクリート柱が見られたが(#15),その内部の鉄筋は細く,RC柱としての性能は発揮できなかったと思われる.全体としての被害率もPadang市内より高く,建築構造の弱さと地震動の強さとの両面の作用が考えられる.なお,この地域は北東-南西方向に伸びる尾根上に集落が並ぶように建っていることを指摘しておく.

 集落からさらに山(北東)に向かうと土砂災害により道路が寸断されている.馬蹄状に斜面がえぐられて土砂が崩落した現場(#16)にも伺ったが,地盤が柔らかいためかその規模が数十mと大きい.#17は現地では地滑りに起因した土石流により土砂が運搬され堆積した跡と考えられる.土石流は集落の一部を飲み込みながら平行していた河川の方向へ進路を変え,その対岸に達している.

- 動画.3gp -

学校など複数の家屋が飲み込まれたという証言があり,そのひとつと思われる基礎のレベルから推定すると土砂はおよそ1m堆積していた.さらに大規模な土砂災害も見られた(#18)が,全体を伺うことができないために大規模地滑りか上流からの土石流によるものかを区別することは難しい.#17,#18いずれの土砂災害も近くに水が流れており,水との関連が示唆される.

Figure 4:Padang Sagoの被害対象の位置

   #13   #14   #15   #15

Photo 4:Padang Sagoの建物被害(#13,#14,#15)

   #16   #16   #17   #17
   #17   #18   #18   #18

Photo 5:斜面崩壊(#16),土石流による被害現場(#17),大規模地滑りもしくは土石流現場(#18)


4.まとめ

 PadangとPadang Sagoいずれの被害も,構造の弱いものが選択的に被害を受けている印象であった.Padang市内で被害が多く発生していた中国人街においても,壁にクラックの入っていない建物も多数みられ,すべての構造物に影響を与えるほどの強い地震動が作用したと考えることは難しい.ただし,震源の深い地震でありながら被害に地域差が見られることから,地盤の違いによる地震動への影響などについても議論する必要があると考えられる.



謝辞

 本調査は,京都大学グローバルCOEプログラム「アジア・メガシティの人間安全保障工学拠点」のサポートを受けて実施致しました.現地でサポート,情報提供いただきました方々に感謝を申し上げると同時に,被災地の1日でも早い復興をお祈り申し上げます.


参考文献

1) アメリカ地質調査所(USGS):Magnitude 7.6 - SOUTHERN SUMATRA, INDONESIA

2) 国連人道問題調整事務所(OCHA),ReliefWeb:Indonesia: Sumatra Earthquake - Sep 2009

3) 土木学会・日本地震工学会・NPO国境なき技師団:2009 年インドネシアスマトラ沖地震に関する復旧協力チーム報告会報告

4) 東京大学地震研究所:スマトラ島沖の地震

5) 防災科学技術研究所:2009年09月30日 10:16 (UTC) インドネシア・スマトラ島の地震 (Mw 7.5)

6) 名古屋大学地震火山・防災研究センター:NGY地震学ノート No.23

7) 八木勇治:2009年9月30日(UT)スマトラ島で発生した大地震(暫定)



文責 後藤浩之京都大学防災研究所

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